黒ボクノート
▼黒ボクと富士塚
富士塚に関する伝承でよく聞くものに、「この塚の石は富士山から講員たちが持って来た」というものがある。私は疑り深いので、この手の話はいつも「話半分」と思って聞くことにしている。
それはさておき、土盛りのみで構成された富士塚を除けば、富士塚に用いられる石はだいだい同じものを使っているように見える。黒く、ごつごつしていて、細かい穴が至る所に開いている・・・。岩科氏の本などによれば、これを黒ボクとかいうのだそうな。ただ名前だけ知っていてもいかんと思い、少しだけ調べてみた。もし、今後何か知るところがあったらアップデートしていきたいと考えている。どちらかといえばこれは私の覚え書と思っていただければ幸いである。因みに、写真の黒ボクは東京都新宿区の花園神社にある富士塚の黒ボクをアップで撮影したものである。カラスのフンだらけで見るも無残な塚から比較的撮影に使えそうな石を探すのが難儀であったことを付記しておきたい(なぜこの神社の塚だったかというと、単に職場への道すがら寄り易いところを考えたというだけに過ぎない)。
▼黒ボクあれこれ
まずはいつも私に常識と知識を教えてくれる(?)『大百科事典』(平凡社、1984)であるが、黒ボク自体の項目はない。かわりに「黒ボク土」(第四巻、p.1012)がある。
くろぼくど 黒ボク土火山灰に由来し、多量の有機物を含む黒色の表層土と明るい褐色の下層土をもつ土壌に対し、日本でひろく使われている分類名。表土の色が黒く、乾いた土を踏むとボクボクする感じからつけられた<黒ボク>という俗称に由来する。(略)
この「黒ボク土」なるものは火山からの噴出物である点で「黒ボク」と共通する。おそらく名前の由来も共通しているものと思われる。
吉河功監修『庭園・植栽用語辞典』(井上書院、2000)p.216「ぼくいし」にはこのようにある。
ぼくいし[朴石]火山岩の一種で、玄武岩質安山岩。地表に流出した溶岩が変化ある形で固まったもの。江戸時代後期から一部の庭師の間で尊重されるようになり、特に江戸の地で流行した。土留めなどには適するが、景石としては良石とはいえない。浅間朴石、富士朴石、伊豆朴石などがあるが、今日では入手が困難になっている。別に「黒朴」ともいわれる。
なるほど、近世から使われだし、江戸で流行したという記述は重視したい。その中には富士塚も入っているのだろうか。いずれにしても、庭園用の石材として用いられるようになったのはそれほど古くないようだ。
加藤碵一;遠藤祐二編『石の俗称辞典―面白い雲根志の世界―』(愛智出版、1999)p.92「クロボク」ではこのように言う(原文の○付き数字はolタグによる数字のリストに置き換えた)。
クロボク 「クロボク石」「ボク石」ともいう。多孔性・黒色の熔岩が主で石質は安山岩・玄武岩・流紋岩と様々である。伊豆半島・富士山麓・浅間山・阿蘇山・桜島・那須地方などから産する。黒土を指すこともある。次のように地名を冠して様々に呼ぶ。「○○黒ボク」とも称される。
- 信州ボク:浅間山麓産。鬼押し出しのものは良質とされる。
- 浅間ボク:火山弾を含み、丸みがあるものもある。
- 甲州ボク:大月産。やや薄く軽い。
- 富士ボク:富士吉田周辺の御殿場・裾野町・吉田口辺から産する。粗い節理が発達する熔岩で、黒褐色・多孔質であるが固く重い。上層部のものは堅石、深層部のものは沢石という。ロックガーデンなどに使用されたが、現在は採取禁止である。
- 相州ボク:相模国産。表面の突起は少ない。
- 伊豆ボク:伊東市・八幡野・富戸・川奈・松田・稲取産。黒石で硬軟両種ある熔岩塊。多孔質で表面は凹凸がある。景石・積石などに使用され、ロックガーデンにも利用される。
- 大島ボク:伊豆大島産
▼江戸と黒ボク
さて、こうしてみると黒ボクと一言で言ってもいろいろあることがわかる。火山のあるところで採れるとなると、富士塚の黒ボクも浅間山あたりで採れたものも混じっているかもしれない。特に埼玉以北の塚などはその方が安くつくはずだ。また、伊豆や相模で採れるとなると、これも富士山から運ぶよりは運送費用も安くつくような気がする。どこで採れたものであれ、中世の板碑がそうであったように、おそらく運搬手段は水運が主であろう。陸路をえっちらおっちら運ぶのは少し考えただけでも難儀極まりない。
前の引用で「近世から特に江戸で使われだした」とあったが、それは浅間山も富士山も江戸からそこそこ近いからだろうと思う。また、江戸が水運の都であることも黒ボクにとって有利な要因となるだろう。これが京都の禅宗寺院あたりの庭園だったら、運送のコストとしても高くつきそうだし、熔岩という特性を生かしたような庭園づくりでないとわざわざ黒ボクを使う理由もあるまい。それを思うと、黒ボクは富士山・浅間山という火山に近くて水運が発達し、しかも庭園を造る需要もあった江戸ならではの素材なのであろう。